久しぶりに京都市美術館

久しぶりに京都市美術館へ行った。
「汎具象展」という美術団体の作家さんの作品を撮影するためだ。
私は写真を撮ることを専門にしているわけではない。それでも、仕事全体の1割から2割は撮影に絡むものだし、動画の撮影や編集まで含めれば、2割は確実に超えている。デザインをしていると、何を、どう見せるかを考える場面が多いが、写真や動画とっているときもそのカットやシーンをどう使うかを考えながら撮ると、なお良い結果が紐付いてくる。
ただ昔から、「何でもかんでも手を出さずに、もう少し仕事を絞った方がいい」という意見をよくいただく。ひとつの分野を深く掘り下げることの大切さも分かるし、仕事を絞れば、効率も上がるのだろう。しかし、いろいろな仕事をしていると、ある仕事で経験したことが別の仕事のきっかけになったり、思いもよらない相談につながったりする。目の前の仕事に取り組んでいるうちに、次の仕事への入口が勝手にできていることもある。
もちろん最初から全部のつながりが見えているわけではない。後になって、「あの時の仕事が、こんなところに繋がっていたのか」と気づく。そういうところが、いろいろな仕事をするおもしろさでもある。
そして何より、私自身がその方が圧倒的に楽しい。
昨日とは違うことを考え、違うものを見て、違う人と話す。同じやり方が通用しないこともあるが、そのたびに考えることが増える。仕事を続けていくうえで、この「楽しい」という感覚は、案外大事なものだと思っている。
私のそんな考え方が、うちの事務所の業務内容にも色濃く反映されている。あらためて並べてみると、ずいぶん幅広いことをしているが、私にとっては40年間のごく自然な成り行きなのである。
さて、話を京都市美術館に戻す。
私は未だに「京都市京セラ美術館」とは言わない。伝統ある京都市の美術館の名前に企業名を入れることに、どうしても強い違和感があるからだ。長く親しまれてきた名前には、建物とともに積み重なってきた歴史がある。京都市民として、その名前を大切にしてほしかったという思いがある。
とはいえ、久しぶりに中へ入ると、やはり建物のすばらしさには感心させられる。2階ロビーの天井や、正面の階段。こういう空間は、何度見てもいい。天井を見上げ、階段を眺めていると、学生時代の卒業作品展や高校時代の選抜美術展を思い出す。

ただ、これだけ魅力のある場所なのだから、その伝え方には、もう少し工夫があってもいいのではないかと思う。
公式のホームページを見ても、おもしろく感じられない。作品や作家のこと、建物のことなど、見た人が「ちょっと行ってみようか」と思えるような話が、もっとあってもいい。美術館へ足を運ぶきっかけは、案外そういう小さな興味から生まれるものだと思う。
裏庭にできるはずだったレストランが、まだ営業していないことも気になった。作品を見た後に食事をしたり、庭を眺めながら一息ついたりできれば、美術館で過ごす時間はもっと楽しくなるはずだ。箱根のポーラ美術館などをもっと参考にして欲しい。
京都市は、美術や工芸というものに、どれほど関心を持っているのだろうか。そんなことを考えてしまう。これだけの建物があり、作品をつくる人もいる。京都市民としては、もう少し何とかならないものかと、常々思っている。
撮影前には、京都会館の2階でランチをとった。

なかなか雰囲気のある店内なのだが、驚くほどすいていた。ゆっくり食事ができるのはありがたいものの、これだけいい場所なのに、少しもったいない気もする。
窓の外には、現在はギャラリーとして使われている京都会館別館が見える。
高校、短大、そして社会人になってからも、私はバンド活動にいそしんでいた。この別館では、何度もライブを行っている。もっとも、当時は「ライブ」などとは言わず、「コンサート」と呼んでいた。
同じように演奏をする催しでも、呼び方が変わると、ずいぶん印象が違う。「コンサート」という言葉を思い出すだけで、自分がバンドをやっていた頃の空気まで戻ってくるような気がする。
40年以上昔、自分が何度も演奏していた建物を、今はランチの席から眺めている。その建物も、現在はギャラリーとして使われている。場所は残っていても、そこで行われることや、そこへ来る自分の用事は、少しずつ変わっていくのだなと思った。
当時の私は、何十年か先に、近くの美術館で作家さんの作品を撮影することになるなど、想像もしていなかっただろう。
そんなことを思い出しながらランチを終え、予定の時間に合わせて撮影へ向かった。



