2017.12.1

デザイン事務所として設立30年を迎えました

日付が変わり12月1日になったので、丁度自分の事務所を持って30年になった。
ここまで続けられたのもまわりの方々のお力添えがあったからこそだ。

当時24歳だった私は、決して円満と言えるような退職のしかたではなかったこともあり、不安と孤独感の方が前途に対する期待感よりも大きく勝っていたように思う。オマケに独立した当日は午前中小雪がちらつく寒さで、起業後初の納品に出かけた私はいいようのない心細さを感じたものだ。しかも当時は移動手段に車を使っていなかったので、ツイードのステンカラーにマフラーをし、紺色のベスパで寒空の中、震えながらマッチ箱のデザインを¥3,000の納品書とともにとどけた。

当時はバブルの絶頂に向かって世の中が浮かれきっていた時代だ。30年が経って、また最近バブル景気に似た現象をそこここで見かけるが、最も当時と違うところは日本人の仕事に対する接し方だ。今は残業をすることや休日出勤をすることは良しとされない時代になったが、当時はまだ週休2日でさえ完全には実施されていなかったし、働いて実績を残したものが勝者となる時代だった。
私はそんな時代の方が自分に合っている気がするので、いまだにそのスタイルを引きずっている。時代遅れといわれようが、自分がその方があっているのだからしかたがない。
ただ、困ったことにうちの事務所にもスタッフというものが増え、現在私を入れて8名の所帯になった。他の7名に私と同じ考え方を強いることはできないし、望むことも愚かだ。ましてや私以外は全員が女性ということもあるので、そのあたりのことは非常に敏感だ。

当時はもちろんすべての作業がアナログだったので、今よりももっと仕事の進め方がおおらかだったし、アバウトだった。ただ、アナログであるが故にデザイナーはセンスとともに技術力を大きく問われる時代だった。今はその技術力がアプリケーションの習熟度に置き換わったしまったが、30年の間に徐々に変化したことは、私の世代にとって大変ラッキーなことだったと思う。

そのアナログからデジタルへの変化が、デザイン業界の力関係を大きく変えたことも私にとっては追い風であったし、その変化を早くから察知し、仕事のフローを変えていったことが、私の人生において最高のファインプレーだったように思う。

会社を辞めて起業したこと、まわりより早くアナログからデジタルへ移行したこと、そして素晴らしいスタッフに恵まれたこと、この3つがあったからこそ30年という月日を積み上げてこられたと思う。

そして今私は、デジタル化したことと同じくらいの大きな変化を起こそうとしている。「デジタル化」ということがたった一言で言い表せないほど中身の濃いものであったように、今回私が挑戦していることも一言で言い表すことはできない。
ただ、一つ大きく違うことは、今までの大きな変化は自分自身が意図し、自覚しながら起こした変化で無かったのに比べ、今回は自分の意思で、自分の思うように変化しようとしているところだ。
きっとここ1,2年で私の事務所は大きく変わる。その瞬間に携わっているスタッフや自分自身はその変化に日々気づくことは難しいけれど、きっと5年先、10年先には今回の変化が大きかったと気づくはずだ。自信はあるし、またそう信じたい。

いろいろ思うところはあっても、明日という現実は必ずやってくるし、日々の煩悩や問題は相変わらず覆い被さってくる。
この繰り返しがまさに30年間続いてきたし、おそらくこれからも続くであろうが、私の探求心はいまだ衰えるどころかますますがめつく、強大になっているので、まわりの方々には今まで以上にご指導ご鞭撻を賜りたいところであるし、スタッフにも頼っていかなければならないが、何より自分自身の健康にも少しは気を使う世間並みの大人にならなければいけないと思う。

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