良い色、悪い色

私たちは日々の暮らしの中で、何気なく「これはいい色だ」「この色はちょっとダサイ」などと口にすることがあります。
また、店先で友人同士が「この色はオシャレ」「こっちは地味すぎる」と話している光景にもよく出会います。
けれども、そもそも“いい色”“悪い色”とは、いったいどういう意味なのでしょうか。
色に本当に優劣があるのでしょうか。
一色だけでは、色に上下はない
まず大前提として、色というものは単体で見れば、すべて平等な存在です。
赤、青、緑、黄色、白、黒──いずれもそれぞれに物理的な波長を持ち、人間の視覚に異なる刺激を与えるだけの現象です。
つまり「赤」そのものが優れているとか、「青」が劣っているということは本来あり得ません。
それを「いい色」「悪い色」と感じるのは、見る人の心の中にある“印象”の違いに過ぎないのです。
たとえば、ある人にとっては鮮やかなオレンジが元気をくれる「明るい色」でも、
別の人にとっては落ち着かない「派手な色」に感じられるかもしれません。
好ましいと感じるかどうかは、その人の性格や経験、文化的背景、さらにはそのときの気分にも左右されます。
つまり、単色の段階では「良い」「悪い」と評価をつけること自体がナンセンスだといえるでしょう。
「配色」が印象を変える
ただし、色が隣り合った瞬間、つまり「配色」となったときに状況は変わります。
色は単独では中立でも、組み合わせによって互いに影響を与え合う性質があるからです。
たとえば、同じ赤でも、白と合わせると明るく軽やかに見え、黒と合わせると強く情熱的に見える。
グレーのそばでは落ち着いて見え、黄色と並べれば刺激的に見える。
このように、色の印象は常に「まわりの色」との関係によって変化します。
そのため、デザインやファッションの世界では「色そのもの」ではなく、「配色のバランス」が重視されるのです。
たとえば、単色では「地味」とされるベージュも、柔らかな白や淡いピンクと合わせれば上品に、
ネイビーと合わせれば知的に、カーキと組み合わせればナチュラルに変化します。
逆に、どんなにきれいな色でも、他の色との調和がとれていなければ違和感を与えてしまう。
「この色はダサイ」と感じる背景には、しばしばその配色の不調和が隠れているのです。
「流行色」は誰が決めているのか
もうひとつ、私たちが色に対して抱くイメージを大きく左右しているのが、「流行色」や「トレンドカラー」という概念です。
毎年のようにファッション誌やブランドから「今年のトレンドは◯◯カラー」と発表されます。
確かに、時代や文化、社会のムードを反映して流行が生まれること自体は自然な現象です。
しかし、それを理由に去年まで“オシャレ”とされていた色を、翌年には“古い”と感じてしまうのは少し不思議ではないでしょうか。
実際には、流行色は「色彩の専門機関」や「業界団体」がマーケティングの一環として提案しているもので、
社会の空気や経済状況、ファッションの傾向などを分析した“方向性”のようなものです。
つまり、トレンドカラーは「人々が求めているであろう色」を示す“提案”であって、「他の色が劣っている」という意味ではないのです。
にもかかわらず、私たちはその情報に無意識のうちに影響され、
「流行ではない=ダサイ」「今っぽい=良い」といった短絡的な価値観を抱いてしまいがちです。
これは、色そのものの魅力を正しく見つめる目を曇らせてしまう危険もあります。
色にはそれぞれの個性と役割がある
本来、色にはそれぞれに“個性”と“役割”があります。
赤には情熱やエネルギー、青には冷静さや信頼感、緑には安らぎや調和──といった心理的な効果があることはよく知られています。
しかし、それらの効果も「人がそう感じる傾向がある」というだけで、絶対的な意味ではありません。
たとえば、文化が違えば色の象徴的意味も変わります。
日本では白は清らかさを表しますが、国によっては哀悼の色として扱われることもあります。
また、同じ人でも、年齢やライフステージによって好きな色が変わっていくことがあります。
学生のころは鮮やかな色を好んでいた人が、社会人になって落ち着いたトーンを選ぶようになるのは、
生活の環境や心の状態が変化した結果ともいえます。
色は、私たちの感情や人生とともに変化する“鏡”のような存在なのです。
「好き」を大切にする感性を
結局のところ、「いい色」「悪い色」というのは、他人の基準ではなく自分の感覚で決まるものです。
誰かが「地味だ」と言った色でも、自分が心地よいと感じるなら、それがあなたにとっての“いい色”。
流行や評価にとらわれず、自分の感覚を信じて選ぶことが、色と上手に付き合う第一歩です。
デザインやファッションの世界では「センス」という言葉がよく使われますが、
その正体は、実は「自分が心地よいと感じるバランスを知っていること」なのかもしれません。
色を見て「きれいだな」「落ち着くな」と感じる、その小さな感覚こそが、
他の誰にも真似できない“あなた自身の色感”をつくっていくのです。
終わりに
私たちはつい「トレンド」や「人の評価」に左右されがちですが、
本当の意味での“オシャレ”や“良い色”とは、情報の波に流されず、自分の感性で色を楽しむことではないでしょうか。
色はすべて、存在するだけで美しい。
それぞれが異なる個性を持ち、見る人によって違う物語を語りかけてくれます。
だからこそ、どんな色にも敬意を持って接したい。
どんな色も、きっと誰かの心を動かす「良い色」なのです。



