インフルエンサーの効果減退について

日本国内におけるインフルエンサー広告の効果が減退している背景には、いくつかの明確な要因が重なっています。かつては「憧れの人が使っているから自分も使ってみたい」という共感や信頼が購買行動を促していましたが、今日のSNS環境ではその信頼構造が大きく変化しています。
まず顕著なのは、「広告であることが見抜かれてしまう」という点です。フォロワーの多くが「#PR」や「#プロモーション」といったタグを見るだけで「企業案件だ」と認識し、自然な推薦ではなく宣伝として受け止めるようになっています。その結果、インフルエンサーの投稿は“友人の勧め”から“企業広告”へと位置づけが変わり、信頼の温度が一段下がっています。さらに、ステルスマーケティング問題が報じられたこともユーザーの警戒心を強め、「どうせ広告でしょ」という空気を作ってしまいました。
次に、インフルエンサーとフォロワー層のミスマッチが目立ちます。日本ではフォロワー数の多さを重視して起用されるケースが多いですが、実際の購買ターゲットとフォロワー層が合致しないことが少なくありません。たとえば、10代や20代を中心に支持されるインフルエンサーが40代主婦向けの生活雑貨を紹介しても、反応は得られても購買にはつながりにくい傾向があります。その結果、「いいね」は増えても売上は伸びないという現象が頻発しています。こうした“数のマーケティング”が効果を薄めているのです。
さらに、日本のSNS空間ではコンテンツの飽和が深刻化しています。多くの投稿が似た形式――整った写真、決まり文句のキャプション、クーポンコードの提示――で展開され、視聴者の記憶に残りにくくなっています。かつてはインフルエンサーの生活感やリアルさが共感を呼んでいましたが、今では“広告的な美しさ”がむしろ距離感を生んでいます。視聴者が「また案件だ」と感じた瞬間、投稿への関心は急速に冷めてしまいます。飽和と形式化が、共感という最大の武器を鈍らせてしまったのです。
一方で、企業側にも構造的な課題があります。多くの企業が「インフルエンサー施策の効果測定が難しい」と感じており、投稿のエンゲージメントと実際の売上やブランド想起の関係を定量化できていません。国内調査では、約4割の企業が「効果が測れない」と回答しており、ROI(投資対効果)の見えづらさが継続投資の壁になっています。そのため、短期的な話題作りには投資しても、中長期的なブランド戦略として定着させる例はまだ少ないのが現状です。
また、SNSプラットフォーム自体の変化も無視できません。若年層を中心に、投稿型SNSよりもクローズドなチャットグループや動画・ライブ配信に関心が移っており、従来型のフィード投稿ではリーチしづらくなっています。アルゴリズムの変化によってフォロワー全員に投稿が届かないことも多く、リーチの減少が効果低下に拍車をかけています。さらに、日本では依然としてテレビや雑誌などオフラインメディアの影響力が強く、SNSだけで購買を完結させる文化が欧米ほど根付いていません。このメディア構造の違いも、インフルエンサー広告の“即効性のなさ”につながっています。
加えて、ブランドとインフルエンサーのマッチング精度にも課題があります。フォロワー数を優先した起用により、ブランドイメージと乖離した投稿が増え、かえってブランドの信頼を損ねるリスクが生じています。炎上や不適切発言などでインフルエンサー自身の評価が落ちると、その影響はブランドにも波及します。日本の消費者は「信用」を重んじる傾向が強く、一度でも不誠実な印象を与えると購買意欲が大きく下がります。企業は“誰に託すか”をより慎重に見極める必要があります。
こうした中でも、国内インフルエンサーマーケティング市場の規模は拡大を続けています。2024年には約860億円規模(前年比116%)になると予測されていますが、これは“効果があるから”ではなく、“やらざるを得ないチャネル”として位置づけられているからです。認知拡大の手段としては依然有効ですが、購買誘導や信頼構築という点では限界が見え始めています。つまり、手法自体が衰えているのではなく、従来型の使い方が通用しなくなってきているのです。
今後、国内でインフルエンサー広告を再び有効に機能させるには、“信頼”と“ストーリー”を軸に再設計する必要があります。フォロワー数よりもエンゲージメントの質を重視し、インフルエンサー自身の言葉で語る自然な体験共有を増やすことが重要です。単なる商品の紹介ではなく、生活の中でのリアルな使用シーンや背景にある想いを語ることで、“広告”から“物語”へと転換できます。さらに、ライブ配信や縦型動画などのフォーマットを取り入れ、ユーザーとの双方向性を強めることも効果的です。ブランドとインフルエンサーの関係も単発ではなく、長期的なパートナーシップとして築くことで、視聴者の信頼を積み重ねることができるでしょう。
日本の消費者は慎重で、誠実な姿勢を見抜く力を持っています。だからこそ、派手さよりも“本物らしさ”が鍵になります。インフルエンサー広告の時代が終わったわけではありません。むしろ、量や演出を競う段階から、共感と信頼を再構築する成熟の段階に入ったと言えます。企業とインフルエンサーが“売るため”ではなく“共に伝えるため”に協力する時、その広告は再び強い影響力を取り戻すでしょう。